~ 麗らかな日和 ~

世界が平和になってほしいなー。色々なことを考えつつ、他力本願な私ですが、それでも理想を追い求めたい。理想と現実のギャップは大きいけれど、負けずに頑張ります!

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ブータン王国

世界の国シリーズ ー第4回ー


ブータン王国

bfla.gif
国旗の龍は、ドゥルック(Druk、雷龍の意)と呼ばれるものであり、それはブータンがチベット語の方言で「龍の地」として知られていることを暗示している。龍の爪についているのは宝石で、富を象徴している。背景は二つの色に分けられており、それぞれ世俗の君主政治(黄色)と仏教(オレンジ)を象徴している。





今回、次にどこの国を取り上げようかと考えた時に、「ブータン王国」を選んだのには理由があります。
私は、東日本大震災の後、国賓として日本を訪れ、2011年11月17日に国会にて素晴らしい演説をしてくださったブータンの国王陛下にとても感激したんです。それを思い出して今回は感謝の意も込めて、たっぷりとブータン情報をお届けします!!



では初めにその素晴らしいスピーチをどうぞ

親日ブ-タン王国国王陛下 新しい歴史を刻む名演説

文章に書き起こされた全文





それでは、
ブータン王国の詳細へいってみましょう!!



参考にしたサイト
外務省のページ
ウィキペディア
ブータン政府観光局
ブータンミュージアム



ブータン王国
通称ブータン(チベット語では'brug yul ドゥク・ユル(竜の国))は、南アジアにある国家で、インドと中国にはさまれている。面積は大体九州と同じくらいで、国土の約3/4は森林。
bta.gif

・首都はティンプー。
・世界で唯一チベット仏教(ドゥク・カギュ派)を国教とする国家。
・国の人口は約70万人で、民族はチベット系8割、ネパール系2割。
・公用語はゾンカ語。ネパール語と英語も広く使われている。
・立憲君主制。(二院制で国家評議会(上院)と国民議会(下院)がある)
・20の地方行政区(ゾンカック)に分かれている。
・東、西、中央、南部など地方によって言葉も文化も大きく異なる。
・気候は熱帯モンスーン型。日本と似た四季があり、標高が高いため長野県の気候に似ている。
・1日の中での気温の差がある。(昼→暑い、朝晩→寒い、という感じ)
・主な産業は、農業、林業、電力(余剰分をインドに輸出)、観光。
・最も人気のあるスポーツはアーチェリー。競技の中に踊りを取り入れるなど、社交的スポーツとなっている。
・ブータンの人々は民族的に体格や顔つきが日本人によく似ている。
親近感!!(^o^)



<歴史>
17世紀、この頃のブータンは地方での争いが何世紀もの間断続的に繰り返されてたが、チベットの高僧であるンガワン・ナムゲル(ドゥク派)が招かれ、彼が各地の勢力を制して政治と宗教の実権を握った。そして国は行政区に分けられ、複雑な法制度ができ、現在のブータンの基となった。

彼の死後、約2世紀の間は内戦が続いたが、19世紀末に入り、東部トンサ郡の豪族ウゲン・ワンチュクが西ブータンを統制していたパロ郡の豪族に勝ち、ブータンの初代国王(世襲の王制)になった。1910年に、以前戦争をしたイギリスとの間でブナカ条約を締結し、1949年までイギリスの保護領となった。(イギリスによるブータンの外交権束縛は、第二次世界大戦後イギリスから独立したインドによって引き継がれた。)

第3代国王は、農奴解放、教育の普及などの近代化政策を開始し、1971年には国際連合への加盟が承認され、ブータンという国家が確立した。

第4代国王は、第3代国王が敷いた近代化・民主化路線を継承、発展させ、王政から立憲君主制への移行準備を主導した。彼は「心の豊かさ」による幸福を目指すべきであるという、国民総幸福量を提唱した。

2006年、彼の退位により現国王(第5代目)であるジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュクが王位を継承した。2007年と2008年の総選挙を経て、2008年4月に民主的に選出されたティンレイ政権が誕生した。5月には国会が召集され、7月に憲法が施行し、王政から議会制民主主義を基本とする立憲君主制に移行し、11月に現国王の戴冠式が行われた。


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ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク国王陛下(左)
ジツェン・ペマ・ワンチュク王妃陛下(右)
(2011年10月13日に、古都プナカ市でご成婚の儀が行われ、両陛下は同年11月15日~20日、国賓として訪日されました。)



<国の様子>
ブータンの人は仏教を深く信仰しており(ネパール系の人たちはヒンドゥー教)、伝統文化や生活習慣にはチベット仏教が深く根づいている。輪廻転生を信じているのでお墓は作らず、生き物の殺生を嫌う。

農家の家には仏壇があり、どこの村にも寺院がある。(チベット仏教は生活に不便な高い山の斜面に大きな寺院を作る傾向がある。)寺にはラカンとゴンパがあり、ラカン(神殿)は普通の寺院で仏教の拝殿。ゴンパはラカンの機能の他に僧を長く滞在させる宿舎をもち、日本語では僧院とも呼ばれる。その他に、ブータンでは大小いろいろな形のチョルテン(仏塔)があちこちにある。もともと釈尊の遺骨を安置するための構造物だったが、現在はお墓の意味はなく、祈りの対象物として作られている。
画像(All Aboutのページ)

各ゾンカック(地方行政区)には、たいてい一つのゾン(お寺のような外見の城)がある。以前は軍事的な要塞の役割があったが、現在は宗教的な役割と地方行政の庁舎の役割を持ち、観光スポットとしても人気がある。首都ティンプーにある巨大なタシチョ・ゾンは、ブータン宗教界の最高位であるジュ・ケンポが居住し、国王もそこで執務を行っている。

ブータンの人々はゾン、学校、政府機関、寺院および公的な行事が行われる場所では、男性はゴ、女性はキラという民族服の着用が義務づけられている。さらに、ゾンに入るときや寺院や役所で高い地位の人に会うときなどは、民族服の上に男性はカムニというスカーフ、女性はラチューという肩掛けを着用しなければならないという、正装に対する定めがある。
画像(All Aboutのページ)


<教育>
・公立高校は無料。
・学校に通える子と通うのが難しい子(遠い、寮に入るお金がないなどの理由)がいて、首都と地方の格差は激しい。
・学校では歴史と国語はゾンカ語で、それ以外の授業は全て英語で行っている。※学校に入る前に1年間英語を勉強する(英語教員はインド人が多いが、今はブータン人の教員も多いようである。)
・義務教育ではない。落第すると言う特徴もある。(小学生でも落第がある)16歳の小学生や22歳の高校生などが結構いる。
・高校の後は専門学校か大学だが、高校に比べて学校の数も入れる人数も少なく、進学できる人数はがくんと減る。国外への留学もかなり盛ん。
・学校を途中でやめて、僧侶になるなどの道もある!
教室風景↓gakko - コピー

※最近の近代化(テレビなどの影響)で、子供に悪い影響が出始めているという情報もありました。

<ブータンでの生活>
こちらのサイト(ブータン生活紹介)にとっても詳しく載っています。他にもいくつかブログなどを巡ってみて、私が印象的だった情報を挙げますと、

・道路は、都市部は大体整備されているが、その他の地域はあまり整備されておらず細く曲がりくねった道が多い。信号はない。でも車がなければ移動が不便なので車の台数は多い。運転は粗い。道を渡るにも十分注意が必要

・水道もあまり整備されていない。生水は飲まないこと!旅行者はミネラルウォーターがおススメ。場所によって、水が出ない時間帯があったりする。また、川などから直接水を引いている場合は濁っていたり、虫が入ってしまう場合もあるよう。

・ブータンでは、宗教的な理由で害虫駆除にそれほど積極的ではないなどの理由で衛生状態は概して悪い。耐性のあるはずのブータン人も、夏場は食中毒が増える。生ものは避けるのがよい。

・食生活は質素で、食事は手を使って食べる。家族は木の床に足を組んで座り、一家の長から食事が出される。食べる前に一口分の食事を精霊と神へのお供えとして木の床に置く。最近は近代化が進み、都市部では食習慣が変化してきており、ダイニングテーブルと椅子で、スプーンを使って食事をする場合もある。

・通常食事は、お米とエマダツィという唐辛子が入ったチーズの料理、豚か牛のカレー、豆など。ただ、ブータンの料理はトウガラシが多用された非常に辛い料理が多く(世界で一番辛いと言われている)、胃がんになる人が多いようです。調味料は、塩、チーズ、バター、山椒にほぼ限られる。
touga - コピー

・ホテルなど、観光客向けの食事は、洋食やインド料理など色々あるようです。

・ブータンの人は良い人が多いが、時間にルーズ、物の貸し借りがいいかげん、物の修理が適当。仕事もマイペース。きっとせっかちな人がブータンに行ったらイラッとしてしまうでしょうが、ブータン人はストレス耐性がないので、怒ってはいけません。(^^;)

・ブータンでは一夫多妻および一妻多夫が認められている。結婚に際し、結婚式や披露宴のようなものはなく、男女が一緒に住みだして両親や近所からそのことが認知された時点で結婚が成立すると言うような感じ。今は一応政府に届けを出すことになっている。(都市部では式を行うカップルも少なくないようです。)ブータンの農村では家と土地は女性の子供が相続することになっており、男はその家に婿養子に行く形となる。離婚も多いが、それが普通な感じらしい。



<ブータンへの旅行>
ブータンでは約40年前までは鎖国しており、外国人の入国は厳しく制限されていた。今では観光やビジネスでの入国も可能になっているが、ブータンの入国申請とビザ取得は通常、旅行会社を通じてしか行うことができない。出発前にあらかじめ滞在期間、宿泊先、旅程、入国経路などを決めた上で現地のエージェントを通じてブータン政府にビザを申請する必要がある。

また、公定料金というものがかかる。ブータン政府が定める観光1日辺りにかかる必要額であり、旅行者はこの金額×泊数分を旅行会社に支払わなければならない。この公定料金には、滞在中の食費、宿泊費(3つ星ホテル)、移動交通費、ガイド費用などが含まれているので、この金額を支払えば、一通りの観光を楽しめる仕組みになっている。別料金になるのは、特別なアクティビティや、個人で購入するお土産代等。公定料金の金額は、入国する人数と時期に200ドル~290ドル。
そして、すべての旅行にはガイドが同行することになっており、自然、文化、生活等を説明してくれる。さらに、ブータン国内は公共交通機関が発達していないため、ガイドとともに運転手(と車)がつくことで、観光客の移動を助けている。
詳しくはこちら(All Aboutのページ)

・観光としては、各地にあるゾンや寺院を巡ったり、美しい自然の中で、動植物と出会いながら&綺麗な空気を吸いながらのトレッキングやキャンプをしたり、ホームステイをしたり、お祭りへの参加したり、伝統工芸品(仏画、木彫り、刺繍、機織、紙漉きなど)の工房見学をしたりすることが挙げられる。
お祭り↓
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※ただ、国内には撮影禁止の施設や区域、物が多くあり、撮影の可否についてはその都度随行している現地ガイドの注意に従うこと。服装にも注意。特にゾンなどへ入場する際や、祭礼の見物の際には、ノースリーブやホットパンツ、帽子を着用しての入場・見学が厳しく制限されている。それ以外でも肌の露出の多い服装やTシャツ、サンダル履き、スニーカーなどのラフな格好はあまり好まれない。ゾンの敷地内で傘をさすことは禁止されている(レインコートの着用は可)。

・治安は比較的良い。ただ、ブータン人男性は女性に対して積極的な人が多く、初対面でも熱烈に口説いてくる、さらには結婚しないかと言い寄ってくる。らしいので、女性は(どの国でもそうですが)一人歩きをしない、夜出歩かない、ガイドであっても安易にホテルの部屋に入れたり、人気のないところで二人きりになるような状況は避けるのが良い。

主な町
ティンプー(国の中央政庁であるタシチョ・ゾンや、博物館、珍しい切手が買える郵便局、織物博物館などがある)

パロ(唯一の空港があり、国立博物館、断崖絶壁に建つ僧院などがある)
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(一番西側の地区で保護されている。ドルジ家の先祖代々の家があり、景色が絵になる観光地)

プナカ(亜熱帯気候。プナカ・ゾンがあり、タシチョ・ゾンの僧侶は冬になるとここに移動して生活する)
プナカ・ゾン↓
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トンサ(ブータン中央に位置し、西と東を分ける重要な町。兵士達の前衛基地。棚田が美しい)

ブムタン地方(国の宗教的な中核地域です。古い寺院、修道院が集まっている。冷涼な気候で、牧畜をしており、ソバ・麦・毛織物の産地)

モンガル、タシガン(ブムタン地方から峠を越えた東部の地方。冬は不通になることも多い。祭りが多く、ゾンや博物館、大学などがある。)

ガサ(国の最北で標高が高い。道路がないのでトレッキング行くしかない。温泉がある)
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シェムガン、サルパン(南部の地区。温泉や、自然観察ツアーが楽しめる。フィブソ動物保護区やマナス国立公園へ行くツアー、南国フルーツや数多くの薬草、ネパール系民族の文化を楽しむツアーもある。)
※ブータン南部の一部では、隣国インドの過激派活動との関係で注意を要する県がある。国境付近は充分な注意が必要。ブータン南部のサムチ県、チュカ県、ダガナ県、チラン県、サルパン県、サムドルプジョップンカール県においては、外国人観光客に対して入域制限があり、ブータン政府から旅行許可を取得する必要がある。



<日本との関係>
良好です(^▽^)
・日本とブータンの国交樹立は1986年3月で、それ以前にもあった支援や指導専門家の派遣に加え、より活発な交流が始まった。1987年には徳仁親王(皇太子さま)がジグメ・シンゲ・ワンチュク国王陛下の招待でブータンを訪問されている。また、ブータンからはほぼ毎年、王室関係者、政府関係者・高官が来日している。日本はブータンにとって主要な援助国で、無償資金協力は累計約300億円にも上る。2007年から2008年にかけて行われた初の総選挙の際には緊急無償支援として約100万ドルを拠出し、監視団を派遣するなど公正な選挙実施のための支援を行なっている。現在、ブータン国内には約150人の日本人が居住していて、その多くが国際協力機構(JICA)の関係者。

・ブータンは親日国であり、国際機関での選挙・決議等において日本を支持してくれたり、昭和天皇が崩御なさったときには国をあげて1ヵ月も喪に服してくれたり、東日本大震災発生翌日に被災者の安全を祈る式典を主催し、100万ドルという多額の義援金を送ってくれたり(約8千万円だが、ブータンのGDP規模を考えると1500億円に相当するらしい)、お互い助け合っています

 

その他

<称号について>
ダショー …国王から与えられる称号で、各省の大臣や次官など国の重要な地位にある人に与えられ、1代終身称号。赤いカムニを装着し、パタと呼ばれる長刀を帯びることが許される。
※なんと!日本人でこの称号をいただいた方がいらっしゃいます!
dashoni - コピー
この方詳細はこちらへ → ねずさんの ひとりごと


ロンポ …大臣(なお、首相の称号はロンチェンという)

ジェ・ケンポ …宗教界の最高位にある僧に対する称号。身につけるカムニは国王と同じサフラン色で、国王と地位が対等であることを意味する。

グル …サンスクリットで師(宗教上の指導者)を表す。

ラマ …サンスクリット上人(宗教上で学徳を備えた師僧)を表す。

リンポチェ …高僧の転生により生まれ変わり(化身)にたいする尊称。(ブータン仏教では高僧が亡くなるとその生まれ変わりであるという子供を捜し出してきます。)



≪ 特筆すべき点 ≫
・「国民総幸福量(GNH)」
ブータンは国の方針として、「経済発展によるGNPの増大を目指すのではなく、国民全体の幸福を最も重視する」と宣言しており、アンケート調査を実施した結果、多くの国民が自分は幸せであると感じていると報じられている。(ただ、調査方法が微妙なようで、その方法について詳しく書かれているページがあったのでこちらも読んでみてください。)現在は、国の近代化が進んできているが、政府は伝統的な精神文化の保護および継承も政策として推進している。GNH推進のため、政府は医療費と教育費を無料にしているほか、公的な場所では民族衣装の着用を義務づけたり、国土の森林面積の割合を60%以上に維持することを定めたりするなど独特の政策をとっている。


・禁煙
2004年に環境保護及び仏教教義的な背景から世界初の禁煙国家となり、煙草の販売が禁止された。国外から持ち込むことはできるが、200%の関税が課される。
この禁煙政策についての事情はこちらへ(嫌煙の時代で(前編) ブータンがめざす『完全禁煙国』)


以上です!!(>0<;)フゥ
長かったですが、読んでいただきありがとうございます
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